愛に満ちた偉大なる杜氏、黒瀬安光さんへの感謝


7年前の夏のある朝、一本の電話が鳴りました。

これが鹿児島酒造 総杜氏 黒瀬安光さんとの最初のコンタクト、出逢いとなりました。


本格焼酎がお好きな方にとってはあまりに有名な方で、実際にお会いしたこともあり、サインを持っているよという方も少なくないのではないでしょうか。


国から ❝ 現代の名工 ❞ ❝ 黄綬褒章 ❞ を受賞され、

焼酎業界におけるまさに最高峰に君臨する造り手と言っても過言ではないと思います。


僕にとってはとても大切な方でして、出逢いから最後にお会いした日のことまで、全てを鮮明に記憶しています。


黒瀬安光さんへの敬意と愛を込めて、今日は偉大なる杜氏のお話をさせて頂きます。

出逢い



当時、自身の居酒屋を経営していた僕にとって、一日の始まりは大体お昼の12時くらいでした。

電話は朝の10時に鳴り、当然僕は眠りの真っ最中でした。

鳴り響く知らない番号からの着信に少々煩わしさを感じましたが、出ることにしました。

すると電話の向こうから、

「黒瀬安光と申します」というお声が聞こえてきました。

寝ぼけていたからということではなく、僕にとってそのお名前はあまりに衝撃的で、すぐに言葉が出ませんでした。

「黒瀬本人です。お分かりになりますか?」と言われ、

「はい、僕にとっては神様のような方です」とお答えしました。

笑われた後、「鈴木さん、大変感動しました。私の全てを送らせて頂きますので少々お待ちください」と言われた後、

お話するチャンスなどもう二度とないんじゃないかとその時は思い、

必死に本格焼酎に対する自身の想いを伝え、焼酎に関する質問などをさせて頂きました。

すると杜氏は、「東京に行きましたらお店に伺いますからそのときゆっくり話しましょう」と興奮する僕をなだめ、夢のような時間が終わりました。


このお電話は、少し前に鹿児島酒造さんに対して僕が書いた手紙に対するものでした。

まさかあの手紙を黒瀬杜氏までが読んでくださるとは思っていなかったので、本当に嬉しかったです。


出勤した僕はスタッフに今朝のことを話し、その日はこの話題で持ちきりとなりました。

あの黒瀬杜氏が店に来られるかもしれない。

まだ生まれたばかりの駆け出しのお店に大きな光が差し込みました。

2度目の電話


1ヶ月後、また杜氏からお電話を頂きました。

「お返しが遅くなって申し訳ない。忘れてなどいないからもう少し待っててください」

もうそのときは返信の手紙などいい、黒瀬杜氏の意識の中に自分の存在があるということが嬉しく、

また、わざわざお電話をくださる杜氏の心配りにもうそれだけで十分過ぎると思っていました。

一生の宝物


それからさらに1ヶ月後、お店に大きな荷物が届きました。

中には3本の焼酎と黒瀬杜氏の家系図、お手紙が入っていました。

一瞬にして体中に鳥肌が立ったのを覚えています。

とんでもないことになった…。


すぐにお礼の電話をさせて頂きました。

「あなたのために焼酎を造りました」そうおっしゃってくださいました。


間違いなく、今までの人生で一番嬉しい出来事でした。

何度ありがとうございますを言っても足りない、まさに身に余る頂き物。



これから「百伝」というお店の名前に沿った、

❝ 造り手さんの想いを100人の方に伝えるお店 ❞

にしていこう。そう強く心に決めました。

初の対面



それから半年後、都内で開催された本格焼酎の試飲イベントに参加しました。

到着すると既に1つのブースに長蛇の列ができていました。

その先には黒瀬杜氏のお姿があり、ひとりひとりにサインをしていました。

ついにこの時が来た!

と思い僕もその列に並びましたが、一向に列が消化される気配がなく、最後にしようと思い列を離れました。

他の蔵元さんのブースに行った後、

ラスト5分のアナウンスがかかり、これはまずいと思い、

思い切って列を飛ばし、(後に大変お世話になる)営業部長にお声を掛けさせて頂きました。

部長は僕の名刺を見た後、黒瀬杜氏に

「杜氏、一度手を止めてください」と言い、僕に繋いでくださいました。

すると、

「瞬ちゃん会いたかったよ」と言い杜氏は僕を抱きしめてくださいました。

「黒瀬さん、その節は本当にありがとうございました」

と言ったときにはもう僕は号泣していました。

「必ずお店に行くから」とおっしゃってくださり、会場を後にしました。

終わらない1日


試飲会場を後にした僕はその日がお店の休みだったため、気になっていた都内の焼酎居酒屋に勉強のため行くことにしました。

まだ開店したばかりだったため、カウンター越しに店長が僕の話相手をしてくださいました。

先程までの話を店長にし、2人で盛り上がっていました。


するとお店に1本の予約が入りました。

店長は形相を変え僕に、

「鈴木さん、今日は鈴木さんにとって奇跡の1日です」と言われました。

予約のお電話は鹿児島酒造さんからだったのです。


来店されるとさすがに杜氏もびっくりされていました。

「一緒に飲もう!」とのお誘いに僕はまるで子供のように喜んだのを覚えています。

黒瀬杜氏、営業部長、そして現在の僕の仕事で大変お世話になっている常徳屋酒造場の中園社長と4人での夢のような時間が始まりました。


本当なら緊張するはずのこのケースですが、御3方とも人柄の良さと言いますか、

初めてご一緒させて頂く気がしない温かみをこのとき感じました。


焼酎の話になっても、黒瀬杜氏はご自身の権威などを一切ふりかざすことはなく、

失礼な言い方かもしれませんが、優しく、ユーモアのあるおじいちゃんという印象でした。

偶然が生んだ忘れられない僕の大切な思い出となりました。

ご来店


❝ 山口様 2名 ❞

ある日のご予約でした。

開店と同時のご予約だったので少し早めに看板を出し、お客様を外でお待ちすることにしました。

すると駅からうちのお店に向かって来られる黒瀬杜氏と営業部長のお姿をとらえました。

近くまで寄り、ご挨拶すると、

「予約の山口です」と言われました。

部長のお名前は山口さんではなく、電話でのご予約は部長の遊び心でした。


スタッフにとっては初めての対面で、さすがに緊張しているようでした。

初めの一杯は、以前に頂いた焼酎をどのタイミングで開ければいいかわからず、店に飾ってある状態だったので、

それを皆で乾杯させて頂くことにしました。

次に僕が考えたことは、鹿児島酒造さんの焼酎の在庫状態でした。

確認すると、十分な量だったので安心していたら、黒瀬杜氏からまさかのご注文を頂きました。

「東北の日本酒はありますか?」と言われたのです。

ゴリゴリの本格焼酎のお店を目指していたので、当時は日本酒を1本も置いていませんでした。

「東北が大変なことになってるから…」そうおっしゃったのです。

東北の震災に対する言及でした。

すぐに酒屋さんに向かい、東北の日本酒を1本購入し、

それからというもの、必ず1本は日本酒を常備するようにしました。

結局、自社の焼酎は1杯も飲まず、ひたすら日本酒を飲まれ、

困ったときに助け合う人としての在り方をとても優しい口調で僕達に話してくださいました。

このときの黒瀬さんは、偉大なる杜氏ではなく、

ひとりの心優しいおじいちゃんでした。

再来店


それからというもの、東京に来られてはお店に足を運んでくださるようになりました。

杜氏が来店されると、店の温度が上がるのが目に見えてわかりました。

相変わらず杜氏は日本酒を飲まれていましたが(笑)、

他のお客様には鹿児島酒造さんの焼酎をその日はお勧めするようにしていました。

すると杜氏は自社の焼酎を飲まれているお客様のテーブルに行き、名刺を渡し、ありがとうございますと言い、ご挨拶するのです。

確かにお客様もいい人達ばかりだったのですが、杜氏にはたった数秒で初めての方と打ち解けてしまう物腰の柔らかさがあり、

それどころか、そのテーブルに座り、一緒に飲み始めてしまうことも多々ありました。

最後には、面識のないお客様同士も仲良くなり、店内に一体感が生まれ、集合写真を撮るということもありました。

お会いする度に、黒瀬杜氏という御方がどれだけすごい杜氏であるかを僕自身も忘れてしまうかのようなそんな錯覚すら感じていました。


この業界における偉大なる造り手とお客様が笑顔で本格焼酎を飲まれている。

僕があの店で見た一番美しい光景でした。

最後の会話



飲食店を閉め、僕は酒屋の道を歩むことにしました。

酒屋業1年目にしてプライベートブランドを造って頂きたいという本来なら考えられないようなお願いを鹿児島酒造さんにしました。

去年の今頃、蔵に伺い、会社の中核を担う方々を前にプレゼンをさせて頂きました。

当然そこには黒瀬杜氏もいらっしゃいます。

他の方々から厳しい質問も受ける中、黒瀬杜氏は終始横で、

「造ってあげようよ」

とおっしゃってくださいました。

無事、話し合いが終わると、黒瀬杜氏は笑顔で、

「良かったね」

とお声を掛けてくださいました。

初めて黒瀬杜氏とお電話したとき僕は、

❝ 神様のような方 ❞ と言いましたが、あの時は本当に神様だと思いました。


蔵を出る直前、

「一緒にお茶飲もう」

と言ってくださいましたが、次の予定がありお断りしてしまいました。

これが最後の会話となってしまいました。

なぜあのとき、一杯のお茶をご一緒しなかったのか。

それが今はとても悔しいです。

最後に



大好きだった黒瀬安光さんは、先月末に息を引き取りました。

葬儀の会場には沢山のお花が全国から寄せられ、会場に入り切らないという事態になったそうです。


僕はというと先日、鹿児島酒造さんの計らいで、黒瀬さんのご自宅に伺うことができ、手を合わせ、今までの感謝の気持ちをお伝えしてきました。


黒瀬家という家柄から、15歳にはもう焼酎造りに従事していた黒瀬さん。

67年焼酎を造り続けたことになります。

その技術は鹿児島酒造さんにしっかりと受け継がれています。

現在、芋焼酎は造りのシーズン真っ只中です。


鹿児島酒造さんでは弓場杜氏を筆頭に皆様一丸となって今年も美味しい焼酎を造られています。


この美味しい焼酎がある限り、黒瀬安光さんの功績とその名は永遠に語り継がれていくはずです。



親愛なる黒瀬杜氏、美味しい焼酎と沢山の優しさを本当にありがとうございました。


心よりご冥福をお祈り申し上げます。


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